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2013年1月20日日曜日

『金閣寺』:三島由紀夫


そしていきなり三島由紀夫『金閣寺』である。このブログでは、あえて記事の順序に統一性を持たせず、作家の国籍も年代もてんでバラバラに紹介していこうと思う。なぜなら私が気が向いた時に気が向いたものを書きたいからだ。そうじゃなきゃとても続かないだろう。

さて、三島文学の金字塔と言えばこの『金閣寺』であるわけだが、この作品は私を純文学の世界へと誘った作品と言って良い。これを読むまで、私は大して純文学というものを読んでいなかった。有名なものはちらほらと読んではいたものの、本気で純文学にはまるという事はおよそなかった。読むものと言えば司馬遼太郎の歴史小説であったり、松本清張のミステリーであったり、あとはもう経済系の新書だったりしたわけだ。が、三島由紀夫の『金閣寺』を読んで、その文章の流麗さ、表現の巧みさ、そして形のない抽象概念の深さに圧倒された。その時文字通り私は寝食を忘れてこれを読みふけったのを今でも覚えている。そして今までこうした作品を素通りしてきた自分を悔やんだものである。

尤もその頃に比べて、今の私の三島に対する印象はもっと冷静だ。三島由紀夫の作品は、しばしば子供っぽいとか言われる。今となれば、それも頷ける。確かにそうである。三島作品の中で一般的に人気の高いものと言えば、本作の他に『仮面の告白』『憂国』、あとは四部作『豊饒の海』の第一部『春の雪』などだろう(因みに『潮騒』もそうなのかも知れないが、私はこれが全く好きになれないので外させてもらう)。これらの人気作に共通するのは、気取った文体、くどいくらいの華美な装飾、にも拘らず論理的、哲学的な思考の叙述などである。確かにかっこいいし、確かに美しい、確かにアタマが良さそうである。しかし何となくその辺が子供っぽいのである。思うにこの三島由紀夫という作家はもの凄いナルシストで、かつコンプレックスの塊なのである。人前でカッコつけて、強がらずにはいられない人なのである。プライドが高く、人から侮辱を受ける事が許せない性格なのである(美輪明宏とのエピソードなどは有名である)。そういう性格が高じたものと考えれば、晩年にボディービルなどやっているのも頷ける。なお、その辺のコンプレックスについては、徴兵検査で乙種(甲種不合格)であったのが関係していると言われているが、その辺は有名な話なので深入りはしない。

本題に移ると、この『金閣寺』は三島が31歳の時に書かれた作品である。31歳と言えばまだまだ若い。しかし、十代の頃から執筆を始め、二十代前半では既に文壇で確固たる地位を固め、45歳で死んだ三島のキャリア全体からみれば丁度中盤に当たる頃だ。そして私が個人的に思うのは、三島の文学的才能(つまり美への関心)がこの『金閣寺』を境に衰退していっている、ということだ。これは或る程度の批判を覚悟で言わなければならない。つまりこういうことである。

二十代前半で『仮面の告白』が賞賛され、開花した三島の才能が、この『金閣寺』を以て絶頂に達した。しかしそれ以降、三島の関心はもっと政治的な方向(文壇がどうの、自衛隊がどうの、楯の会がどうの)に移っていき、名声は高まっていく一方だったものの、文学的才能は徐々に枯渇していった。

『金閣寺』の次に刊行された『鏡子の家』は賞賛もされた一方で、批判も多かった。三島は『金閣寺』で評価された後だったこともあって、このとき『鏡子の家』の印税収入を当て込んでロココ調の豪邸を建てた程、自信満々の体だったのだ。そこへきてこの賛否両論は、相当にこたえただろう。これで何か勢いを削がれたところが、あるいはあったのかも知れない。それ以降、三島は元々関心のあった政治的問題に重心を移すようになり、純粋な美への関心を失っていってしまった。勿論その後の作品においても評価の高いものはあるけれども、それは若い頃のようにひたすら情熱に駆られて書いたものとは思えず、どこか無理をしているような印象が否めない。三島は早熟の作家だったが、枯渇するのも早かったという事だ(因みに太宰治はこれとは逆で、大器晩成型だったと思っているが、それはまた別の機会に話す)。

私は何もこれをあの禍々しい市ヶ谷駐屯地での自決と結びつけるつもりはない。あの自決の動機について、何を言っても憶測の域を出ないだろうし、またそれは色々なところで語られている事であろうから、ここでまた敢えて書くつもりはない。私が言いたいのは、この『金閣寺』が三島由紀夫という作家の紛れもない絶頂だったということである。そしてこの作品には先に述べた「子供っぽい」などという謗りをものとのしないほどの魅力があるのだ。それを分かってもらいたかったのである。この作品、文章も論理的ではあるし、下調べも入念だが、構成としてそれほど緻密に計算された痕跡はない。むしろ純粋な思いを書き綴っていった形の作品であると思う。三島由紀夫の若さの情熱と筆致における技巧とが最大限に高まり、調和した作品、それが『金閣寺』である。

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